活動日誌

    ・北野さと子の毎日をご報告。
    ・日々、感じたことを書いていきます。

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さようなら原発1000人集会
2013/10/06

 午後から伊丹ホールで開かれた「第3回さようなら原発1000人集会」に参加しました。

<講演>
演題:福島原発事故は終わっていない
     すべての原発の即刻廃絶を
講師:小出裕章さん(京都大学原子炉実験所助教)

 改めて、専門家の『事故は収束していない』『被爆に敏感な子どもたちを守る責任』という言葉がずっしり重く圧し掛かってきました・・・
 

★たこ焼きラリー★
2013/10/06

参道三昧・各店自慢のたこ焼きを食べ尽くせ!
★たこ焼きラリー★

 朝から大賑わい清荒神参道。
 たこ焼きラリーは、500円のラリーチケットで6軒の店のたこ焼きを2つずつ食べることができます。
寺本議員と2人で、それぞれのお店の趣きやお味を楽しみました。行列してもみんな笑顔♪

「さんぽ龍」にも出会えてラッキー♪

崎元 祐治神戸市会副議長就任を祝う会
2013/10/05

 国際交流協会の記念式典のあと、崎元祐治・神戸市会副議長就任を祝う会に出席するため神戸に。
 会場のラッセホールには多くの行政関係者、議員、後援会のみなさん、元の職場の同僚等々がお集まりでした。
 神戸市の矢田市長、久元前副市長、吉本副知事、森本連合兵庫会長、神戸市会議長等がご挨拶されました。
 崎元さんの楽しいエピソードも披露され、和やかなパーティーになりました。

「副議長ご就任おめでとうございます!!」

宝塚市国際交流協会
2013/10/05

特定非営利活動法人「宝塚市国際交流協会」
〜創立25周年記念式典〜

 国際交流推進議員連盟に所属していますので、今日の記念式典に私も出席させていただきました。

※加藤啓子理事長のご挨拶
※記念講演の講師:徳田潤さん
「私の国際交流今昔
〜これまでの25年、これからの25年〜」

市民と議員の条例づくり交流会議 in 宝塚
2013/10/05

 10月19日(土)〜20日(日)に甲子園大学・宝塚ホテル・宝塚市役所で開催する「市民と議員の条例づくり交流会議 in 宝塚」のチラシが出来上がり、今日は封筒に宛名シールをはったり封筒詰めしたりなどの発送作業を手伝いました。

 宝塚青年会議所のご協力で素敵なチラシに仕上がっていたので大感激でした。
https://docs.google.com/file/d/0B8QmyQhtR2ljdFR2WENqRE5hVFk/edit?usp=sharing

〜えがおいっぱい りょうげんっこ うんどうかい〜
2013/10/05

良元幼稚園の運動会に行ってきました。

     
※「ガンバリマンのうた」   かわいい!!
※「なかよし うみのなかまたち」

一般質問 第4日
2013/10/04

 一般質問最終日です。ユニットF宝塚の井上議員と寺本議員が質問します。

17番 となき議員
18番 村上議員
19番 井上議員
20番 大島議員
21番 寺本議員

一般質問
2013/10/03

 第2日の昨日・・・自分の質問は終わったので、他の議員の質問をじっくり聴きました。(終わる前もちゃんと聴いてはいるのですが、やはり自分の番が気になりますから)

 色々勉強になります。そして各議員の個性が感じられて面白いです。

 今日は第3日。

ほっこり湯
2013/10/02

再開した地域の銭湯「ほっこり湯」に行ってきました。

『お久しぶり!』
『このお風呂にまた入れてうれしいわ。』
『よかったね』 『やっぱり気持ちいいね。』

等々 ワイワイ♪  ゆったり〜〜〜
今夜はよく眠れそうです。

〜母のこと〜弟のブログより
2013/10/02

母の経歴 その3
今日、探し物があって、母(89歳)の家に行ってきました。いろんな資料が出てきましたが、また母の凄いものを発見しました。

 母は、戦前から小学校の教師(国民学校訓導)をしていたのですが、戦後は小学校に勤めているときに「特殊教育」(現在は特別支援教育)に関わり、昭和33年4月より兵庫県で2番目に開校した尼崎養護学校に勤めることになりました。
 当時はまだ「養護学校教諭」という免許はありませんでした。

 その後、兵庫県教育委員会が昭和35年(1960年)2月15日に、県下で初めての「養護学校教諭」の免許を発行しました。
 その記念すべき第1号がナント「仲島武子」だったのです。目の前にある母の免許状に、ホンマに「第1号」と書いてありました。
 そして実はそれは全国で初めてだったので、母は日本で一番目に「養護学校教諭」の免許をもらったということになるのです。
 全国で1番です、全国で1番です。凄すぎます。

 ほかにも、東京教育大学での3か月の内地留学の「特殊教育」修了証書も出てきました。母はその後、大阪教育大学や神戸大学の内地留学にも行っていますが、東京教育大学に行っていた時期は、私がまだ4歳の時です(姉は8歳)。そんな小さな子どもがいる中、東京に行って勉強していたのです。行く母も母ですが、それを認める父も凄いなあと感心してしまいました。父は「どんどん行け!」と言っていたようです。
 母は全国養護学校研究大会で発表もしているのですが、その時に作った模造紙3枚の資料もきれいに保存されていました。手作りで丁寧に書かれています。今見ても通じる素晴らしい資料に驚くばかりでした。
 でも当時は、そんな活躍に「女のくせに」と陰口も随分たたかれていたようです。でも母は負けないし、父もそれを応援していたようです。(この頃から我が家はもう男女共同参画社会だったようです)


母の家に行くと、宝物がザクザク出てきます。
ホンマ知らなかったことばかりです。情けない息子です(笑)
それから今日は私と姉の資料?も出てきました。
それは次回に紹介します(笑)

※びっくりする話だったのでコピーしました。今の母は弱ってはいますが、読書や編み物も楽しんでいます。
・・・前向きな生き方の人なんだなあと、改めて尊敬の念がわいてきます。我が母・あっぱれです。

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