活動日誌
・北野さと子の毎日をご報告。
・日々、感じたことを書いていきます。
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おいしいまち宝塚 2011 スイーツチャリティー
2011/10/12
9:00〜 会派代表者会と議会運営委員会に出席。
お昼には、ホテル若水で開かれた「おいしいまち宝塚」に行ってきました。
ケーキ6個とパン2個+飲み物・・東北産の安全な食材を一部使用。とってもおいしかったです。
(でも申し訳ないけど全部は食べられませんでした。
力作なのにごめんなさい。)
本日の出品商品
★イチジク&クルミパン★シャルロットポワール
★りんごのカスタードタルト★東北の秋のシフォン
★ブルーベリーのタルトレット★プニョミ
★アップルデニッシュ
★かぼちゃとマスカルポーネのムース杏のジュレ添え
●チャリティコンサート♪ 南里沙さん
クロマチックハーモニカの素敵な演奏でした・・
パチパチパチ
●宝塚宝塚の5人のパティシェ×宝塚けやきの里。
このコラボレーションで誕生した
宝塚銘菓『宝塚フィナンシェ』
→成瀬国晴さんのロゴマークと可愛いイラストもグッド
→宝塚大劇場にて限定販売中だそうです
その後、副市長と企画経営部長から「2006年度〜2010年度『宝塚市都市経営大綱に基づく取り組みについて(総括)』の説明をうけました。
明日は9月議会最終日。本会議です。
駅立ちスタート
2011/10/11
10月23日に開催する、第21回『駅前議会』のチラシ配布活動を始めました。今朝は仁川駅で行いました。
9:30〜文教生活常任委員会協議会
本会議での委員会報告の調整や読み合わせを行いました。
◇上下水道局からの説明
◇ガバナンスという雑誌の取材
◇議会運営委員会打ち合わせ
※長崎サント・ドミンゴ教会跡資料館
(桜町小学校の工事で発見された教会の遺跡。1階に保存展示。2階から上が小学校の教室となっています。)
体育の日
2011/10/10
やはり体育の日は「1010」!!!
スタディツアー最終日。今日は半日自由研修。市電の一日乗車券で動きました。
●出島
まずホテル近くの『出島』へ。出島は、鎖国時代の貿易・文化の拠点、世界を知り、日本を紹介する国際交流の舞台でした。明治以降、出島周辺の埋め立てが進み、海に浮かぶ扇形の出島はその原形が失われ、以来、市街地のなかに埋もれてしまいました。しかし、近年、出島の歴史的価値を未来に残すため、史跡内民有地の公有化ができ、『よみがえる出島』として出島復元整備事業がスタート。
日蘭貿易や当時の生活ゾーンの再現が進みつつあります。
●グラーバー園
市電で築町から石橋駅。グラバー園までの急な山の街の斜面に、斜行エレベーターと垂直エレベーター(グラバースカイロード)ができていてびっくり。
異国情緒いっぱいの海を一望できる庭園と住宅。外国の商人たち、倒幕の野望に燃える幕末の志士たちが交流した当時がしのばれ、ロマン溢れる歴史の舞台に胸おどりました。旧長崎地方裁判所長官舎のレトロ写真館でドレスを借りてしばし園内散歩を楽しみました。坂本龍馬実物大写真との記念写真も。
●亀山社中
石橋駅からまた市電を乗り継いで新大工町。日本初のカンパニー『亀山社中』、海援隊ゆかりの資料展示。神社の階段を上って上って・・いきました。
「龍馬が愛した物語のある街」のキャッチフレーズどおり、そして「長崎さるく」でいっぱい歩いて歩いて、スタディツアーの締めくくりとしました
おくんち
2011/10/09
「おくんち」は、長崎の氏神、諏訪神社の秋季大祭です。くんちの語源は、旧暦の9月9日を重陽の良き日として祝う中国の風習が伝わり、9日(くにち)を「くんち」と読み祭礼日の意味としたとのことです。
踊町はたくさんあって、奉納踊を出す当番は7年に一度しか回ってこないのです。・・・だからめちゃくちゃ力が入るらしいです。
有名な「龍踊(じゃおどり)」はないのかなあ?と思っていたら・・・7年に一度・・とわかって納得。
しかし、人権ツアー学習で「おくんち」別の面もわかりました。
それはもともとは、キリスト教徒を鎮圧するために長崎奉行肝いりで始まったとのこと。
各家が扉を開け放して
『うちはキリスト教徒ではありませんよ。どうぞ中もみてください。』
としたのだそうです。
そしてキリシタンは弾圧粛清されました・・・
もちろん現在はそんな辛い過去は感じられず、長崎あげて盛り上がる伝統行事です。
おくんちの光と影を知りました。
1万6千歩〜〜〜
2011/10/09
●長崎Bコース
〜原爆と部落とキリシタン〜
浦上四番崩れ事件の舞台となった浦上、原爆の惨禍をこうむった浦上、江戸時代被差別民の集落があった浦上。キリシタンと被差別民の対立を招いた四番崩れ、両者はもともと同じキリシタンだったのです・・・・・
平和公園(平和祈念像・旧長崎刑務所浦上刑務支所遺構)
→聖フランシスコ・ザベリオ堂跡
→如己堂
(永井隆記念館。博士の献身的な医療と壮絶な生涯、人類の平和を願う大きな愛に感動しました。)
→浦上天主堂
(大きな立派な教会の外観にも、内部のステンドグラスの美しさにも、その歴史の重みにも圧倒されました。)
→原爆落下中心地公園
→山王神社(浦上街道)
→坂本国際墓地
→浦上町原爆犠牲者慰霊塔
秋晴れの一日。充実した「長崎さるく」となりました
長崎さるく
2011/10/09
スタディーツアー第2日は、長崎市内のフィールドワークです。午前3時間半、午後3時間の徒歩コース・・
もしかしたら、「おくんち」でにぎわう中を別の目的で歩く私たちは、ちょっと浮いてしまうかもしれません。「長崎を歩こう!」という意味の「長崎さるく」頑張ってきます。
●長崎Aコース
〜長崎の部落史を歩く〜
長崎には多彩な歴史があります。「じんけん」をキーワードに、このコースには、江戸時代から明治にかけて被差別民の歴史が語られるのです。
「鎖国」時代オランダや中国貿易の恩恵を受けた被差別民たちがいます。この町は「皮屋町」と呼ばれ皮革産業を営み、市中見廻りなど警察の仕事も行ったそうです。また、彼らは江戸時代初期長崎町人と同じようにキリシタンでもあったのです。
今日は「皮屋町」の移転をたどります。
崇福寺
→唐人屋敷
→大音寺(犯科帳所載被処刑者之霊)
→楠本イネ墓所(オランダおいね)
→幣振坂・鹿解川(鹿の皮を洗った・・
→サン・フランシスコ教会跡
(ハンセン病病院や貧民救済)、教会破壊後は「桜町牢」・・多くの潜伏キリシタンも投獄され処刑された場所。「浦上四番崩れ」のきっかけ。
→サント・ドミンゴ教会跡資料館
(桜町小学校の工事で発見された教会の遺跡。1階に保存展示。2階から上が小学校の教室となっています。)
→長崎会所跡
→筑後町通り
→サン・ラザロ病院跡(ハンセン病患者を収容し手当て)
→長崎平和資料館
→26人聖人殉教地
(豊臣秀吉の禁教令により、京都や大阪で捕えられた26人のキリシタンが殉教した丘)
人権教育ひょうご「スタディツアーin長崎」
2011/10/08
スタディツアー初日。
早朝、新神戸を出発。博多を経て諫早駅下車。そこからバスで大村市内を巡りました。
長崎人権研究所が人権啓発事業の一環として取り組んできたフィールドワークが「NAGASAKIじんけん歴史散歩シリーズ」として、6つのコースに整備されています。今回のスタディツアーではその中から3コースを歩き、迫害された人たちの歴史と史跡を訪ねながら、人権について考えていきます。
●初日は「大村コース」
〜殉教と戦争遺構を訪ねて〜
日本のキリシタン史は大村を抜きに語ることはできません。日本の最初のキリシタン大名・大村純忠は、領国をキリスト教王国にし、長崎を教会領として開港しました。
→天正少年使節像は、日本で初めてヨーロッパを公式に訪問した4人の少年使節の銅像です。
しかし、キリシタン禁制後、そうであるがゆえに迫害は熾烈を極めました。
→放虎原殉教地には、郡崩れの殉教碑があります。首と胴を離れた場所に埋葬した「首塚跡」「胴塚跡」も見学しました。
→外国人神父ら33人を、6坪の狭い牢屋に何年も投獄し処刑した「鈴田牢跡」に立つ、真っ白な十字架に胸が震えました。
→また、大村小学校の裏手には、日本の「しょうがい児教育」の先駆者である、石井筆子の碑が建てられています。
→さらに、今も残る「針尾山」のトンネル軍需工場跡では、戦争の記憶がくっきりと刻まれていました。
人権研究所阿南講師の説明や、優しいお人柄にも感激しました。
夕方長崎に到着。なんと!?ちょうど「長崎くんち」の中日。ホテルの前にいろいろな山車が回ってきます。 初めて見ました・・色鮮やかで素晴らしいです。いいときに長崎に来たものです。
一般質問 第4日
2011/10/07
18番 大島議員
19番 寺本議員
20番 北山議員
21番 伊福議員
最終日の質問者は4名です。・・・早く終わって嬉しい・・・けど、終了後には広報広聴委員会が予定されています。
4日間の一般質問が終わりました。議長席に座り議事を司るのは、神経を使う役目で、大変緊張しましたが、よい経験にもなりました。
議員と職員のみなさま、お疲れさまでした。
私は明日から3日間、
(「人権教育のための国連10年」兵庫県推進連絡会)・・・略して「人権教育ひょうご」主催のスタディツアーに行ってきます。
地域のおじいちゃんおばあちゃん
2011/10/06
一般質問第3日
13番 大河内議員
14番 三宅議員
15番 井上議員
16番 となき議員
17番 藤岡議員
昨日、傍聴者がパソコン作業をしておられるのが気になりました。しかし、傍聴の規定では録音と撮影は禁止されているものの、パソコン持込等の規定はありませんでした。今後、どう対応していくのか考える必要があります。時代の流れに議会もついていかなければならないですね。
帰宅すると地域の方から嬉しいお便りが届いていました。
『・・・私は82歳の高齢になりましたが、心老ゆることなく、地域の子どもたちの健やかな成長を期待しながら微力を尽くしています。
<曇らすな! 未来を拓く子どもの瞳>
を合言葉にしながら、こわいじいちゃんばあちゃんであると同時に、よくわかったじいちゃんばあちゃんとして、生き抜きたいと願っています。・・・』
見習いたい先輩の言葉です。
※今日は大河内議員、井上議員、となき議員の質問時に議長を務めました。緊張しつつも議場内の人間ウォッチングもしています。
言葉の重さ
2011/10/05
一般質問第2日
7番 たぶち議員
8番 浅谷議員
9番 中野議員
10番 草野議員
11番 伊藤議員
12番 藤本議員
昨日は、サトウ議員と大川議員の質問時に議長席に座りました。今日は浅谷、伊藤、藤本議員の担当予定です。自分の議席に座っているときも勿論しっかり聴いているつもりですが、議長席では、一言ひとことがよりいっそう気になって入れ込んで聴いてしまいます。だから、めちゃくちゃ疲れます。・・・が、これこそが役目。がんばります。
「各議員の質問」をしっかり聴いて自分の力にしていきたいです。「キラッと光る質問」めざして!
※昨日の感想。言葉の持つ意味を考えさせられた。
「椅子の背もたれを足で押し込む行為は議会の品位を傷つけた」との発言。それはそうだが、その椅子に人が座っていたことを忘れてはいけない。問題はそちらだと私は思う。本質をきちんと総括できていないと感じた。
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