| やすらかに | - 2009/01/17
- 阪神淡路大震災から14年。今年もこの日がやってきました。
生きること、命の大切さ、そして人とのつながりや支え合うということの意味を教えてくれた1995年。 私は当時宝塚第一小学校に勤務していました。17日の夕方近くになると続々と人々が学校に避難してこられました。日中は子どもたちの安否確認に走り回っていましたので、そのとき初めて「学校」が地域の人の避難所になるのだということを思い知らされたのです。 外部との連絡、体調の悪い方のお世話、トイレの掃除、プールからの水運び等、必死の毎日。かたいおにぎりにまいっていた方もありましたので、豚汁の炊き出し、お餅つき、校区の有名イタリア料理店のコックさんが校庭のドラム缶コンロでパスタを作ってくださったこと等、温かい厚意も忘れられません。 そして何より嬉しかったのは、学校再開の日。やっぱり学校には子どもたちがいなきゃ駄目なんだ・・と改めて実感したのです。 学校と避難生活の共存はホントに色々なことを教えてくれました。
宝塚市を一望できる砂防公園ゆずり葉公園に、宝塚市で亡くなられた方の鎮魂碑があります。今朝献花をさせていただきながら・・・何年たっても忘れられないあの日を思い出し、胸がいっぱいになりました。
夕方からは、神戸へ。 「阪神、淡路大震災14年 児童・生徒、教職員 追悼の夕べ」に出席しました。亡くなった児童・生徒は371名、教職員は41名です。 今は空のうえでどうしていますか? 桂木小学校合唱団の「しあわせ運べるように」を聴いて・・やっぱり涙がこぼれました。 | |